マーシャル諸島:故郷は、今もそこにありますか?

熊丸耕志 UNDP マーシャル諸島/ マネージャー(ACWAプロジェクト)

2024年3月21日
Photo: UNDP / Koji Kumamaru

「あなたの故郷は数十年後に消滅する可能性があります。覚悟していてください。」

ここは、地理的に世界のどの大陸からも遠く離れた太平洋島嶼国、マーシャル諸島。 

冒頭のメッセージはワークショップに参加していた離島からの参加者60数名の方々が、マーシャル諸島の政府機関、気候変動局から伝えられた言葉です。その残酷なメッセージに鳥肌が立つと共に、これが現実なのだと愕然としたことを覚えています。

気候変動の影響はマーシャル諸島含む太平洋地域だけでなく、日本、世界各地で皆さんが肌で感じていると思います。しかし、自分の生まれ故郷がなくなるかもしれないという程の危機感を感じている人はそう多くはないのではないでしょうか。

気候変動の影響により故郷を否応なく追われる可能性のあるいくつもの太平洋島嶼国。 その中でも、マーシャル諸島のいくつかの環礁に暮らす方々は、故郷を追われる脅威に立たされるのは今の時代が初めて、ではありません。 ちょうど70年前にも彼女ら彼らは故郷から強制的に追われることになりました。それは核実験によって。 米国によるビキニ環礁水爆実験、日本のマグロ漁船・第五福竜丸の被曝等のニュースは私も学生時代に学びましたが、今でもその影響で故郷に帰ることができない方々がいます。

そんな歴史と今を生きるマーシャル諸島の人々が抱える更なる喫緊の課題、それは安全な飲み水にアクセスすることです。飲み水の問題というとアフリカ地域など乾燥地をまずイメージすることが多いかもしれませんが、実は太平洋島嶼国の方々も持続的に飲み水にアクセスすることに大きな課題を抱えています。その一つの大きな理由が気候変動です。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書においても、マーシャル諸島における降水パターンや量の変化による干ばつの長期化、温暖化による海面上昇で海水位が地下水位よりも高くなることで地下水の塩分濃度が上がるリスクが高まり、限られた地下水が飲み水として利用できないといった予測がなされ、本当に限られた淡水資源をいかに効果的に、効率的に活用していくか。その課題にがっぷり四つで取り組んでいるのが、UNDPです。

離島に暮らす子供たち           

Photo: UNDP / Koji Kumamaru

マーシャル諸島でのUNDPの取り組み 

私自身、ここ15年ほど様々な過疎地や紛争地帯の現場で、色々な機関を通じて飲み水の問題に取り組んできましたが、いま私が担当している気候変動にも強靭な水資源管理プロジェクトACWA(Addressing Climate Vulnerability in the Water Sector)ほど革新的で野心的なプロジェクトはありません。ACWA(アクア)プロジェクトは将来の気候変動が水資源に及ぼす影響を科学的に予測し、その長期的なリスクを考慮した気候変動に対して強靭な水資源管理を目指したプロジェクトをデザインしています。7年間(2020年〜2027年)のプロジェクトで、水道が敷設している首都のマジュロやイバイ地域ではなく、基本的なサービスが最も届かない過疎地の24の環礁・115の離島に暮らす方々が対象です。

見渡す限り澄み切ったマーシャル諸島の海

Photo: UNDP / Jovanie Muralla

ACWAプロジェクトは緑の気候基金(GCF)という気候変動対策として最大の基金からの支援を受け、いま現在、マーシャル諸島政府、オーストラリア政府からの助成金もあわせて、40億円超えの予算で雨水貯留システムの改善や、地下水井戸の修繕、そして水に関するガバナンス強化に向けた活動を進めています。具体的には、気候モデルと幾つかの将来の社会経済の想定と温室効果ガス排出状況のシナリオを組み合わせて、2045年における降水量の変化とパターンを科学的に将来予測して、24の環礁上における115の離島コミュニティに暮らす方々の現在の雨水貯留システムの現状とのギャップを分析することで、個々のコミュニティの状況に適した雨水貯留システム構築と地下水井戸の改善を行っています。

技術的なイノベーションとして、モジュール式の水タンクを雨水貯留システムに組み入れました。このイノベーションにより、既に形成されたプラスティックの水タンクを離島に輸送するにはごく限られた量しか運ぶことが出来ないといった従来のロジスティックの課題解決に寄与すると共に、太平洋地域の厳しい熱波や塩水にも耐久できる素材を水タンクに活用することでシステムの持続性を確保し、また安全な飲み水のための水質の維持、そして若者や女性も含めた現地コミュニティの人材育成を通じた簡便な雨水貯留システムを構築することで、外部からの支援を必要とせずに自分たちの力で長期的な維持管理ができる仕組みづくりをサポートしています。

さらには、水に関するガバナンス強化に向けて、国家・コミュニティにおける干ばつ緊急時対応計画を策定し、計画を実際の活動に落とし込むためのトレーニングを実施しています。 GCFは日本政府もトップクラスの資金拠出を果たしており、途上国における気候変動への緩和、そして適応に向けた取り組みを強化しています。

コミュニティと組立中の雨水貯留システム

Photo: UNDP / Koji Kumamaru

離島水管理委員会メンバー

Photo: UNDP / Koji Kumamaru

UNDPの仕事の魅力 

UNDPの仕事の面白さは、その長期的な視点に立った開発、国づくりのサポート役にあると思います。私はこのACWAプロジェクトのマネージャーの役割を拝命して2020年10月に着任しましたが、実はこのプロジェクトに関するマーシャル政府とUNDPの議論の始まりは2015年まで遡ります。計画づくりから予算承認までに要した時間は5年間。そこから7年間のプロジェクト実施期間というのは、私が携わってきた緊急・人道支援の世界ではまずありえない長さです。その分、徹底的に政府関係者、コミュニティ、開発アクターと議論と調査を重ね、科学的な根拠をもとに構築されたプロジェクトだからこそ、根本的な課題をしっかり捉えて本質的な改善を図る設計になっており、長い年月を経たとても重要なプロジェクトであることが、コミュニティや政府関係者のリーダー・オーナーシップの姿勢からもヒシヒシと伝わってきます。

ACWAプロジェクトの対象地域のひとつMili環礁 

Photo: UNDP / Tuvuki Ketedromo

離島に持ち運び・組み立て可能な雨水貯留システム

Photo: UNDP / Koji Kumamaru

HDPネクサスと水セクター

わたしは人道支援(Humanitarian)、開発(Development)、平和(Peace)をつなぐ「人道・開発・平和の連携(HDPネクサス)」に水分野から貢献することをライフワークとして考えています。本来、その土地に暮らす方々からすれば、その生活にはフェーズ毎の区切りがあるわけではなく、縫い目のないシームレスな日々が続くはずです。一方で、その国を主導する政府、特に途上国の中でもその基盤が脆弱(fragile)であったり、紛争状態であったりする地域においては、短期的な視点に陥りがちであったり、長期的な計画を立ててもその計画を実施するための予算の確保や人材、組織・制度(institution)が不十分であったりすることで持続的な開発に結びつかない現状があります。加えて、気候変動の影響により、災害の頻度が高まってきている今日では尚更その場しのぎの対応に追われることが増えています。

私自身は今まで短期的な人道支援・平和構築を入り口として水と衛生(Water, Sanitation and Hygiene, 略称WASH)分野の活動に取り組むようになり、長期的な開発へと橋渡しができる道筋を模索してきました。今は長期的な開発プロジェクトに携わる身として、逆に短期的な緊急人道支援にも貢献でき得るプロフェッショナルとして、開発プロジェクトのあり方を模索しています。具体的には、人道支援の段階で重要な役割を担う水と衛生(WASH)分野(クラスター)の人材をACWAプロジェクトにも組み込むことで、短・中長期的な視野を網羅し、活動の調和を図ること、数年単位で時間をかけて現地で収集分析した水や人口・社会経済データをオープンデータとして人道支援の際にも活用できるようにすること、国家干ばつ緊急時対応計画を策定して具体的なSOP(標準作業手順書)を作成し、地域社会で人材を育んで、現場の活動のモニタリングまでを円滑に繋げること等に、ACWAプロジェクトを通じて取り組んでいます。

ACWAプロジェクトファミリー

Photo: UNDP

国連を志すみなさんへ 

17のゴール目標、169のターゲットというSDGsにまつわる数字から見ても、自然と社会、そしてそこに暮らす色々なひとびとの暮らしが安寧に根ざしたものであるためには様々な努力の積み重ねが必要だと思います。万物に共通する解決策はないからこそ、いろんな知恵や技術、経験、そして情熱を持ち寄って、課題の解決に国連も取り組んでいます。UNDPは数ある国連機関の中でも突出して、その課題に対する解決アプローチの引き出しが多い組織だと思います。私は現場で暮らす方々や政府関係者と汗を流して泥臭い仕事をするのが大好きな性格なので、人道支援を中心とする機関と較べると、一見、仕事の舞台は机上や会議場が中心で、UNDPのお作法はお上品なのかな(笑)と思って敬遠しがちでしたが、ところがどっこい、食わず嫌いでした。今までお寿司やお刺身といった生魚に苦手意識が強くお肉一択だったわたしが、マーシャル諸島で暮らすことで自然と海の恵みがカラダの一部になったように、UNDPでいま飛び抜けて面白い仕事の機会を頂いています。

自分の国をなんとかしたいという志を胸に、私と同世代の仲間や、新しい若手世代、そして昔ながらの伝統や叡智を守る年長世代、それぞれが必死に、そしてのびやかに力を合わせています。マーシャル諸島で出会う多くの地元の方々にとって、自分が生まれ育った島は故郷であり、そしてアイデンティそのものであることが伝わってきます。変わりゆくものと変わらないものと、どちらも大切にしながら現場に根を生やして課題に向き合い一緒に取り組むことができる仲間が増えていくことを心待ちにしています。

熊丸 耕志 
UNDP マーシャル諸島/ マネージャー(ACWAプロジェクト) 

2009年から、国連児童基金(UNICEF)とサブサハラアフリカのザンビアやエチオピアの僻地給水事業に研究者として貢献。2012年から国際移住機関(IOM)ソマリアやUNICEF南スーダンといった脆弱・紛争の影響下にある地域で水と衛生(WASH)プログラムを通じた平和構築・人道支援・開発に従事。その後、環境省、UNICEFジュネーブ・東京で、アジア太平洋地域の気候変動適応の主流化や民間連携・イノベーションを通じた次世代のWASHプログラムに向けて尽力。英国水工学・開発センター(WEDC)にて水資源工学の博士号(Ph.D.)取得。