脆弱性の克服:スリランカの多次元脆弱性指数から見えること

著者: 久保田あずさUNDPスリランカ常駐代表 / サビーナ・アルカイアOPHI事務局長

2023年9月10日
Photo: UNDP Sri Lanka

スリランカでは、国民の55.7%が多次元の脆弱性を抱えています。すなわち、2,220万人の人口の実に半数を超える1,230万人が、教育、健康、災害、生活水準の重要な次元をカバーする12の指標のうち、3つ以上を欠いていることになります。

9月1日には、これら3つの次元で12の指標からなる多次元脆弱性指数(MVI)が、スリランカで初めて発表されました。MVIは、社会における脆弱性を全体的に捉えることで、スリランカの国別多次元貧困指数(NMPI)を補完する役割を果たします。スリランカが近年、相次いで生じた危機からの復興を図る一連の改革プログラムに取り組み、将来のショックに対するレジリエンスを構築しようとする中で、NVIは絶好の時期に発表されたと言えます。

今回発表された報告書「多次元脆弱性の把握:スリランカ国民への影響(Understanding Multidimensional Vulnerabilities: Impact on People of Sri Lanka)」では、2万5,000世帯を対象とする「2022-2023年度国勢調査」を基に算定したMVIが明らかにされています。この政策報告書は、国連開発計画(UNDP)とオックスフォード貧困・人間開発イニシアチブ(OPHI)が、スリランカ政府、センサス統計局(DCS)の技術的助言のもと、共同で作成したものです。

この共同報告書の目的は、特に社会経済的課題に関して、スリランカの人々が抱えることになった複雑な脆弱性状況に光を当てることにあります。2022-2023年度国勢調査が良いタイミングで実施されたことで、ポスト・コロナ期も経済的な課題が継続する中での脆弱性の現実について、貴重な知見を得ることができました。

スリランカのMVIを高める主因として浮かび上がったのは、債務状況や災害への備え、水道の整備、就学年数といった要素です。特に債務の影響は深刻で、国民の3分の1は、生活必需品を借金や貴重品の質入れで賄うなどして生じた債務による脆弱性を抱えています。

スリランカでは、国民のほぼ半数(48.8%)が脆弱性に加え、災害への備えもできていないという不安材料を抱えています。気候変動のリスクが高まるなかで、これは大きな課題となりつつあります。

男性、女性の両方について、就学年数と脆弱性の間に大きな逆相関関係が見られます。男女にかかわらず、義務教育に当たる一般教育資格Oレベル(OL)を修了した家族のいない世帯が多くなっているからです。

スリランカでは、脆弱性を抱え、かつ、自宅に水道のない人々が人口の35.6%と、非常に多いのが現状です。この厳しい現実は、安全な水への公平かつ幅広いアクセスを確保する必要性を物語っています。

対策の必要性は明らかです。農村部では、多次元脆弱性の沼にはまり込んでいる住民が1,000万人を超え、特に東部州、北部州、北中部州の状況が深刻となっています。この格差は、農村部のコミュニティが不当に重い脆弱性の負担を抱え、その主要素となっている債務や防災、水道へのアクセスに取り組む重点的で、地域に見合った戦略を必要としていることを如実に示しています。また、突然かつ急激に欠乏の悪循環に陥る世帯もあることから、社会保障制度を生計手段と能力開発への支援で補強し、最終的に受益者が社会保障制度を「卒業」できるようにせねばなりません。

中には、脆弱な人々が人口の65%を超え、さらに厳しい課題に直面する地域もあります。しかし、どの地域でも多次元脆弱性を抱える人々が40%以上と、大きな割合を占めていることも事実です。スリランカでは現在、地域的格差に関係なく、多次元脆弱性の問題が全国的な広がりを見せていると言えます。

障がい者(PwD)のいる世帯の脆弱性比率は、障がい者のいない世帯の54.4%に対して60.4%と、大幅に高くなっています。この調査結果は、障がいの有無が全般的な脆弱性に大きく影響することを示しています。

調査結果からは、包括的な政策措置と社会保障制度の充実により、特に障がい者とその家族が生計手段を得られるようにする必要性が見て取れます。私たちはインクルーシブな政策と強力な支援メカニズムを制度化することで、より公正かつ包摂的な社会の実現に向けた道を切り開いています。

MVIは、DCSの正式な恒常的統計指標となっている多次元貧困指数(MPI)など、政策の参考とすべきその他のエビデンスにも基づいています。MPIとMVIはともに、水や教育などの重要性を強調する指標です。MVIは債務状況や災害に関する情報を加味し、より最近のデータを用いる一方で、MPIは健康や生活水準に関する詳しい情報を反映しているほか、関連指標として子どもに関するMPIもあります。変革に向けて前進を遂げるためには、個別の部門や制度を越え、政府の各層間で一体性のある協力を促進する包括的でエビデンスに基づく政策一貫性枠組みの導入が必要です。

同様に、フォーマル、インフォーマル双方の金融市場を総合的に評価し、債務を抱えた世帯の脆弱性を軽減するための持続可能なアプローチの採用も望まれます。また、防災への取り組みの充実を図るためには、早期警報システムへの投資や気候変動に適応できる農業技術、気候変動リスクを考慮した計画と予算の策定、さらには気候変動で生じる課題に対するレジリエンスを高めるための監督の強化も必要です。

MVIが多種多様な側面の脆弱性を評価し、これに対処するための触媒的ツールとなれる可能性を考えれば、最終的な採用に先立ち、その生成に用いられる指標を吟味することが不可欠になります。このようにしてアップデートされたMVIは、変わりゆく脆弱性の現状を把握するうえで妥当かつ効果的な手段となることでしょう。

上記の提言は網羅的なものではなく、スリランカが抱える数限りない脆弱性についての議論とソート・リーダーシップを生み出すことを意図しています。政策立案者はさらに、国別MPIで得られた知見をMVIデータの解釈に活用することで、両指数の間にどのような相乗効果があるのかを見極め、脆弱性と貧困の両方に効果的に取り組むよう促されています。MVIとMPIの目標は、柔軟な政策とプログラムによる対応を推進することにより、包摂性を確保し、人間中心の持続可能な開発に向けた道のりで、誰一人取り残さないようにすることにあるからです。

私たちは、今の取り組みがより安全でインクルーシブな未来への基盤になるのだということを心に留めながら、この複雑で変化の激しい分野への対応を進めてゆかねばなりません。

報告書全文は、下記からご覧になれます。

www.undp.org/srikanka/mvi


著者について:

久保田あずさ  
UNDPスリランカ常駐代表 

久保田あずさは2023年1月、常駐代表としてUNDPスリランカ事務所に加わりました。スリランカ着任以前の2019年から2022年にかけては、UNDPブータン常駐代表として、UNDPのコロナ禍対策を先頭に立って進めました。それ以前にも、UNDPでは長年にわたり、UNDPソロモン諸島カントリーマネージャー兼ソロモンアイランド国連ジョイントプレゼンスオフィス・マネジャー(2016〜2019年)、UNDPラオス人民民主主義共和国常駐副代表(2014〜2016年)、UNDPモルディブ常駐副代表(2011〜2014年)などの要職を歴任。2008年から2011年にかけては、UNDP評価部に勤務する傍ら、各地域の多くの国で、UNDP独自の国別プログラムとテーマ別評価を主導しています。米国ワシントンの国際法研究所に勤務していた久保田氏は2002年、持続可能な経済エンパワーメント室のプログラム・アナリストとしてUNDPに加わり、マラウイ事務所に赴任しました。 米国ニューヨークのコロンビア大学国際公共政策大学院で経済・政治開発を専攻、国際関係学科修士号を取得。 


サビーナ・アルカイア 
OPHI事務局長 

サビーナ・アルカイア氏はオックスフォード大学貧困・人間開発学教授で、オックスフォード貧困・人間開発イニシアチブ(OPHI)の事務局長を務めています。それ以前は、ジョージ・ワシントン大学、ハーバード大学、人間の安全保障委員会、世界銀行に勤務。また、オックスフォード大学で経済学博士号を取得しています。 アルカイア氏はジェームズ・フォスター教授とともに、多次元貧困の測定を目的に、貧困の諸次元、諸側面を取り込み、それぞれの背景に沿った尺度を作成できる柔軟な技法としてアルカイア・フォスター(AF)方式を開発。OPHIの同僚とともにこれを実験的に適用、実装して多次元貧困指標(MPI)を生み出しました。MPIは、各人の幅広い欠乏状態を検討することにより、貧困層を特定するためのツールとして機能しています。この手法は、多次元貧困指数(MPI)の報告に用いられますが、MPIを要素別に分解すれば、国別や地方別、集団別、さらには指標別の貧困状況が把握できるため、政策を設計する際の詳細な情報基盤としても活用できます。