カオス理論上のバタフライ効果とは、確定的非線形システムにおける小さな変化によって、その後の状態が大きく変化するという初期条件への敏感に依存する現象のことを指します。
オックスフォード大学マーティンスクールのイアン・ゴールディン教授は、2014年の著書『バタフライ・ディフェクト (The Butterfly Defect)』で、グローバル化の影響によりシステム全体に及ぼすリスクの増加を警告し、エフェクト(効果)をディフェクト(欠点)に置き換えることによって、密接に絡み合い統合された世界における危険性を強調しています。パンデミックのシステム上の危険性に関する章では、今日私たちが直面している危機を予告しており、どのようにパンデミックが「深刻で潜在的に壊滅的なシステムの結果」をもたらすかの確証として、次の要因を挙げています。
- 接触のリスク: 人間同士および人間と動物間の接触の密度や強度によるもの
- 集中のリスク: より多くの人々が巨大都市に住むことと、都市間における不平等によって一部の人々を公衆衛生、きれいな水や医療などの基礎的なサービスから排除されることによるもの
- 「社会的な」感染のリスク: インターネットやソーシャルメディアの時代において情報や噂が一瞬にして広まることによるもの
体系的な危機
21世紀最初のシステム危機であった2008年の金融危機は、相互に関わり合う世界の脆弱性に目が向けられました。それでも、多くのアラブ諸国はグローバルな金融システムから比較的孤立していたことから、最悪の結果からは免れていました。新型コロナウイルスのパンデミックでは別の話です。それはすでにアラブ地域におけるほぼすべての国に広まっているのです。
感染例がこれまで全くか、もしくはごく少数しか報告されていないリビア、シリア、イエメン、スーダン、ソマリア、そしてジブチなどの国々では、検査能力が足りていないのが現状です。つまり、私たちはそういった数字に関わらず、行動しなければならないということです。
私たちは、世界的な多次元的危機にはじめて直面しています。疫学者のラリー・ブリリアント氏は、2006年のTEDトークに出演した際に、同僚の研究者によるパンデミックの可能性に関する予測を紹介しました。それによると、10億人が感染、1億6500万人もの人が命を落とし、世界的な景気後退と不況が起こり、世界経済に1兆米ドルから3兆米ドルの損失が生じると予測していました。現在のパンデミックの影響の初期の推定は、これらの予測と一致しています。国連貿易開発会議(UNCTAD)の報告書では、2兆米ドルほどの経済的損失の可能性を指摘しています。また、西アジア経済社会委員会の初期段階の推定によると、アラブ地域は少なくとも420億米ドルのGDPと、170万人の雇用を失う見込みです。長期的な世界経済の減速は、持続可能な開発目標(SDGs)にも悪影響を及ぼし、このパンデミックはすべてのセクターにおける持続可能な開発のための取り組みを中断させる恐れがあるのです。学校の閉鎖などの措置は、対応の必要な要素ではありますが、対策は社会的および経済的生活のあらゆる側面を覆し、大きな課題を抱えることになるでしょう。
新型コロナウイルスと脆弱性
長期にわたる激しい紛争に既に苦しみ、また、多数の避難民、難民、および移民に対処している多くの地域では、この規模のパンデミックは、すでに国に存在する脆弱性をさらに深刻化し、中・高所得者に対しても脆弱性が広がることになるでしょう。それらがどのように顕在化するかは、各国の準備や制度的能力のレベル、さらに準備と対応の効率性に大きく左右されます。世界の健康安全保障能力を評価する、世界健康安全保障指数(Global Helath Security Index)によると、アラブ地域の評価は、平均して195位中122位とされています。
政府の重要性
世論調査「アラブ・バロメーター」は、政府に対する低い信頼度を繰り返し示しています。信頼できるデータの欠如は、民衆とのコミュニケーションの透明性の課題を始めとして、危機への対応を難しくしています。オープン・データ・インベントリによると、医療施設に関するデータは、モーリタニアやジブチなどの低所得のアラブ諸国だけでなく、レバノン、リビアやアラブ首長国連邦などの中・高所得国でさえもカバーされていません。
しかし、暴力が横行している脆弱国の状況は、依然として最も懸念されています。3月23日に、国連事務総長は新型コロナウイルスに直面する中で、世界的な停戦を求めました。シリアなどの国々では、長年の紛争によってインフラや医療システムは壊滅的です。2018年だけで、パレスチナで報告された医療施設への攻撃は308件にものぼり、これは世界で最も高い数字です。さらに、シリアで257件、イエメンで53件、リビアでは47件となっています。これらのいくつかの国々では、世界的な往来・交通とあまり繋がっていない国もありますが、一時的にでもウイルスなどが入り込み、コミュニティ規模での感染が現実となると、効果的に予防し・対応するためのツールや能力は皆無です。パンデミックはまた、食糧安全保障をも危険にさらします。特に人道的支援に依存する人々にとっては深刻です。これらは、イエメンの2000万人、シリアの650万人、ソマリアの160万人やスーダンの580万人が含まれます。
社会全体での対応
今回のパンデミックによって、組織全体を迅速に動員し、民間セクター、メディアや市民社会と協働することができる、効果的な政府を持つことの重要性が際立っています。宗教指導者は多くのアラブ諸国において重要な権威を保持しており、その影響力を利用することは、コミュニティの関与において不可欠でもあります。教育や公的サービス、ビジネスなどすべてがオンラインに移行するにつれて、ソーシャルメディアやデジタルテクノロジーが強く台頭しています。将来予測や早期警告ツールを導入することで、各国は、より頻繁に起こることが予想される将来的なパンデミックに対して、より効果的に予防し備えることができます。5割近くの人々がいまだにインターネットにアクセスがないため、そういった地域でデジタル化を加速させることは不可欠です。
この悲惨な状況には、いまだに測りきれないことばかりですが、確かなことは、この稀にみる危機は政府や市民、そして国際機関などによる集合的な行動と連帯、また新たな思想を必要としているということです。パンデミックに対して3つの段階(準備、対応、復興)で国々をサポートすることで、UNDPは新型コロナウイルスの短期的な影響を軽減しながら、将来の危機に立ち向かうための強靭性を強化するための支援をしています。